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Thema and Variations for Piano and Orchestra, Sa-Mai, U-Mai, Danza Rituale e Finale / Yoritsune Matsudaira ピアノとオーケストラのための主題と変奏,ダンス・サクレとダンス・フィナル~ダンス・サクレ(振鉾),左舞,右舞,ダンス・サクレとダンス・フィナル~ダンス・フィナル(長慶子) / 松平頼則

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松平頼則は伊福部昭とともにチェレプニンによってその名前を知られるようになった。1935年にパリで行われた日本人の作曲家のコンクールで第一回チェレプニン賞には、第一席に伊福部昭の「日本狂詩曲」が、第二席に松平頼則の「パストラル」が選ばれた。

伊福部昭も松平頼則もともに日本的な表現を音楽の中に追求したが、その姿勢は全く違う。伊福部昭が炎のようにたぎる心を持っていたとすれば、松平頼則は氷のように冷徹な心で音楽に向き合ったように思える。伊福部昭が赤であるとすれば、松平頼則は白である、と言ってもいい。そして赤と白は、ともに日本を象徴する色である。

「ピアノとオーケストラのための主題と変奏」はまだロマン主義の影響が色濃い作品であるが、1957年に作曲された「右舞」そして1958年の「左舞」では、まさに日本の音楽以外のなにものでもないという域に達している。松平頼則の「白」がまぶしく感じられる。

古代豪族を祖先にもちながら、北海道の官吏の子として生まれ、幼少期にアイヌの文化に触れ育った伊福部昭と、東京に宮内省狩猟官を務める華族の家に生まれ、戦争、国家主義から個人主義への社会の変化に敏感にならざるを得なかったであろう松平頼則の、日本に対する思いの違いでもあろうか。

このCDには片山杜秀による詳細な解説がある。この解説は、松平頼則の音楽を理解するための大きな手掛かりとなるだろう。録音は2001年7月29日と8月2日にかけて大阪のセンチュリー・オーケストラ・ハウスで行われた。センチュリー・オーケストラ・ハウスとは、大阪府営公園服部緑地内に設けられた、大阪センチュリー交響楽団の楽団専用練習場らしい。このCDはNAXOSから2003年に発売された。(20070110/yoc/カルト・ミュージック・コレクション)
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1998年から「カルト・ミュージック・コレクション」というWebサイトを始めた。これを2006年12月からblogの形で再開することにした。音楽を心から愛する者のために、俺は書く!

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